【動画】相沢友子は大学行かず19歳で歌手|2000年に脚本家で経歴がすごい

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脚本家の相沢友子さん。

相沢友子の大学は公開されていませんでした。

ただ、19歳から歌手デビューされており、高校時代から自身も作詞していたことから、才能の塊であることがわかります。

歌も歌えて、作詞もできてルックスもよくて、のちに脚本家になる、才能あふれた相沢友子さんの経歴に迫ってみます。

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相沢友子は大学は通わず

相沢友子は大学は通わず

相沢友子さんは大学は通わず、のようです。

インスタグラムは1月29日で非公開となっています。

相沢友子の大学に関する情報はありませんでした。

ですが、19歳当時にデビューしていることが分かっており、大学はいかずに歌手としての道をひた走っていたと考えられます。

1986~1989年、15歳で兄のバンドに参加

相沢友子は大学は通わず

相沢友子さんにはお兄さんがいて、バンドをされていて、ここから強く影響を受けたようです。

兄のバンドに、キーボードとコーラスで参加しており、15歳ですでにキーボードが弾けて、歌も歌えるということがわかります。

さらに16歳では、文化祭でバンドを結成しリードボーカルを務めています。

高校1年生ということで、すでに音楽にどっぷりつかっていたことがわかります。

お兄さんもバンドをしていたことから、相沢友子さんのご両親も音楽に携わっており、幼いころから音楽の英才教育を受けていた可能性もありそうです。

でも、こういうバンドとかのびのび音楽を楽しむ人って、イメージですが、親から特に何も言われず好きにやらせてもらって才能が開花したパターンが多い気がします。

高校時代

相沢友子は大学は通わず

相沢友子さんの通われていた高校も公開されていませんでした。

ただ、練馬区生まれであったこと、バンドが大好きだったことを加味すると、

練馬区の軽音楽部のある高校である可能性はあります。

東京都立光丘高等学校
東京都立練馬工科高等学校

などには軽音楽部があるためこういったところではないでしょうか?

相沢友子さんは高校時代から、文化放送でコンサート、リポーターを務めていました。

これは高校2年生のときにオーディションを受けて、ROCK ON THE RADIOに合格したためです。

当時から歌詞も書いていたということで、
このころからすでに才能があったことがうかがえます。

高校時代に歌詞をかけるのは宇多田ヒカルさんだけではないようですね!

そんななかソニーミュージックのスタッフさんに歌ってみることを進められて、CBSソニーミュージックのオーディションに合格し、デビューされた流れです。

1991年3月デビュー

1991年3月、当時相沢友子さんは19歳で歌手デビューしています。

デビュー曲は、Discolor daysですね。

作詞もできて、歌も歌えて、ルックスもよくてとなると、

すごい存在だったことがうかがえますよね。

最終的に、6枚のシングルと4枚のアルバムを世に送り出しています。

未唯mieさんとも歌手時代から交流があるようで、インスタグラムにも載っていましたね。

いやー多方面での活躍すごいです!

1994年には、

チョーヤ梅酒紀州のCMに出演されています。

1999年太宰治賞最終候補作

相沢友子さんは、1999年に、太宰治賞最終候補作になり「COVER」が評価されます。

第15回の太宰治賞に入選されています。

2000年世にも奇妙な物語で脚本家デビュー

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そこから2000年に世にも奇妙な物語で脚本家デビュー(2000年春の特別編)。作品は記憶リセット。

相沢友子さんは当時、29歳。

日本最大級の映画データベースでは、次のように記載されています。

第四話「結婚シミュレーター MARRIAGE SIMULATION SYSTEM」の監督を「白鳥麗子でございます」の小椋久雄、脚本を『世にも奇妙な物語・春の特別編/記憶リセット』の相沢友子

キネマ旬報web

ミステリーという勿れ

セクシー田中さんなどで人気となっていますね。

本名:相沢友子(あいざわともこ)
誕生日:1971(昭和46)年5月10日
年齢:52歳
出身地:東京都練馬区
血液型:B型
事務所:ホリプロ、ヒッツビル