【特定】桐島聡の工務店は藤沢市の最上工務店|30年勤務で自宅も近所

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半世紀にわたり逃亡し、自ら名乗り、亡くなった桐島聡氏。

名前を内田洋(うちだひろし)と名乗って生きてきたようです。

その桐島聡の工務店は藤沢市の南にあるようですが、他のサイトを見てもわからず、公開されておりません。

当サイトでは特定することができたのでご覧ください。

参考記事:桐島聡の懸賞金300万はガセでゼロ|誰も1円ももらえない理由

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桐島聡の工務店は藤沢市の最上工務店

内田洋こと桐島聡氏が働いていた藤沢市南部の工務店は、最上工務店である可能性が極めて高いです。

上記の写真は、Nスタの画像と、グーグルマップで調べた画像の比較です。

写真や窓、電信柱が屋根から出ているところを見ても酷似していることわかります。

住所は、公開されていましたが、ここでは割愛させていただきます。

また、この最上工務店の近くには「表札」に名前があったことから、経営者の自宅ではないかと考えられます。

藤沢市南部の閑静な住宅街

桐島聡氏の勤務していた工務店は藤沢市南部の閑静な住宅街にあります。

男が「ウチダヒロシ」の偽名で身を寄せていた土木工事会社は、藤沢市南部の閑静な住宅街の一角にあった。

東京新聞

大企業というわけではなく、街の小さな工務店のようですね。

大通りに面しておらず、道も車がすれ違うのがやっと、一方通行の道などもある場所にあります。

1984年以前に創業

桐島聡氏が働いていての藤沢市の工務店は40年以上の歴史があるようです。

1月28日の東京新聞には次のように記載されています。

工務店は40年以上前に創業。

東京新聞

ただ、土木工事会社との表記もあり、

・工務店
・土木工事会社

は同じ会社を指していると思われます。

40年以上の歴史があるということは、地元民からは愛されていて、長く付き合いのある企業だったと思われます。

大企業のように店舗数を拡大していないことからも、実直な企業であったといえますよね。

住み込みで働ける工務店

桐島聡氏が働いていた、藤沢市の最上工務店は住み込みで働けるようです。

40年以上の歴史があるということで、昭和の時代から変わらず令和までやってきたのでしょうか。

「内田洋」という名前を使い、数十年前から神奈川県藤沢市の工務店で、住み込みで働いていた

東京新聞

1980年あたり創業の工務店ということになります。

家は後程詳しく紹介しますが、あまりキレイとは言えないようです。

20年以上働いていた

内田洋こと桐島聡氏は藤沢市南部の最上工務店で20年以上働いていたようです。

1月28日のTBSNEWSDIGでは次のように記載されています。

「20~30年くらい(工務店で)働いていたんじゃないの、おとなしい感じの人だよ。ここのところなんか体の調子悪いって」

TBSNEWSDIG

桐島聡氏は40代あたりから働いていたことになります。

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桐島聡の自宅は工務店付近の木造2階建ての1階

男は勤務先にほど近い、古びた木造2階建て住宅に一人で暮らしていた

東京新聞

桐島聡氏の自宅は工務店付近の木造二階建ての1階でした。

自動販売機が近くにある自宅

内田洋こと桐島聡氏の自宅は、近くに自動販売機があることがわかっています。

それが発見者の発言からわかります。

「(この通り沿いに倒れていた?)この自販機のところに」
(部屋の広さは?)あって六畳ね。乱雑な感じで、どういう風に寝泊りしているのかなという。ストーブとかも2個ぐらいあって」「(桐島容疑者の)あの写真の3分の2ぐらいガリガリにするとあんな感じになるかな」

TBSNEWSDIG
グーグルマップより

最上工務店の近くには自動販売機があったことから、こちらに桐島聡氏が倒れていた可能性もあります。

部屋の広さはあって6畳

桐島聡氏が住んでいたとされる木造二階建ての家は、こじんまりとしていたようです。

部屋の広さはあって6畳。

とコメントがあることから必要最低限の部屋で、築50年はくだらない年季の入った家だといえます。

お風呂やトイレは別、共用か近所の銭湯であった可能性もありそうです。

近隣住民との関係も良好

よくしゃべる、というわけではないようですが、桐島聡氏は近隣住民との関係もそつなくこなしていたようです。

男を知る近くの70歳代女性は、公開されている桐島容疑者の顔写真を見たことはあったが、事件との関連を考えたことはなかった。日常的にあいさつを交わし、好印象を抱いていた

読売新聞オンライン

ニット帽と眼鏡を常用していたようで、愛想がよければわからないですよね。。

しかも「内田洋」と偽名を使っていることから、判別するのは困難といえます。

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内田洋こと桐島聡はなぜバレずに工務店で働けたのか

内田洋こと桐島聡氏はなぜバレずに工務店で働けたのか、これは誰しもが気になるところです。

内田洋は実在した

内田洋という偽名をつかった桐島聡氏ですが、

内田洋という人物が本当に存在したパターンも考えられます。

背乗り「はいのり」という、人の戸籍などを奪い、その人になりすます方法です。

ホームレスなどが狙われることがあり、その理由としては、世間との関係性が切れている人が多いため、いなくなってもわからないということがあげられます。

桐島聡氏もそうして実在する「内田洋」という人間の背乗りをしていた可能性があるというわけです。

若干、ドラマや映画の見過ぎ感が否めませんが、

後ろに組織があり、桐島聡氏をかくまったり、サポートしていた可能性もかなり濃厚です。

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桐島聡指名手配犯の懸賞金

今回の桐島聡氏の懸賞金はどうなるのでしょうか?

調べると300万円の懸賞金が支払われるといっている人を見かけましたが、こちらは間違いのようです。

実は誰ももらえないんです。

懸賞金も誰ももらえないようにしているのが本当に狡猾ですよね・・・。

参考記事:桐島聡の懸賞金300万はガセでゼロ|誰も1円ももらえない理由